金亀頭砲台は総兵官である呉宏洛によって築かれ、西嶼西台や西嶼東台と並んで澎湖で最も強力な砲台でした。清仏戦争および日本による占領を経て、第二次世界大戦後に軍が接収して進駐しましたが、大砲はすでに防御力を備えておらず、1950年代に廃棄されました。それに伴ってこの基地も陸軍澎湖防衛司令部天南駐屯地に改められ、砲台南側に南側の崖下の海岸へつながる地下通路が増設しました。後に軍はこの土地を澎湖県に移管し、2001年11月21日に国の史跡に指定され、現在では見学できるようになっています。
金亀頭砲台には口径がそれぞれ7、10、12インチのアームストロング後装砲が1門ずつ配備され、砲台の形式は西嶼西台、西嶼東台および大城北の各砲台に似て、煉瓦積み三和土アーチ構造でした。現在の金亀頭砲台の周囲の土塀、砲台の掩体、砲台の台座および入口のゲートはいずれも良好に保存されています。
入口ゲートでは澎湖総兵官であった呉宏洛自筆の「天南鎖鑰」の書が掲げられています。駐屯地内は砲座、外壁、隧道、官庁、兵舎、通路などの部分に分かれており、作戦、訓練、住居が一体となった要塞式建築です。兵舎は大小異なる空間に仕切られており、現在は展示スペースになっています。かつて軍の通信部隊が駐屯していたため、劣化の程度は低く、完全な外観をとどめています。
園内にはさまざまな兵士の模型と砲弾の模型が展示されているほか、金亀頭砲台の地下坑道での過去の戦争紹介と合わせ、史跡を再活用し、金亀頭砲台は澎湖の新たなカルチャーツーリズムのスポットとなっています。この地を訪れる際には、かつての戦地の風情を感じるだけでなく、周辺の観音亭や篤行十村も併せて訪れ、媽宮文化巡礼の旅をご検討ください。
【見学時間の目安】2.5時間