水仙宮は澎湖四大古廟(天后宮、観音亭、城隍廟、水仙宮)の一つに数えられ、清代の1695年(康熙35年)に澎湖右営遊撃であった薛奎によって建立されました。
大禹、伍員、屈原、項羽、魯班の5柱の神を五水仙尊王(俗称:水仙王)として祭っています。商船の円滑な運航を願うため、漁師の信仰の対象になっています。
水仙宮はかつて台廈郊の会所と呼ばれていました。澎湖の行郊は台廈郊実とも呼ばれ、その略称を澎郊といいます。これは台郊の金利順と廈郊の金長順で構成されたものであり、現在でいう商工会議所に相当する組織として、ビジネス情報の交換、商談および郷里の公益事務を行っていました。設立年は不明ですが、清代の乾隆および嘉慶年間にはすでにその記載があり、同治および光緒年間には業務が活発に行われていました。
水仙宮の建材および大工について、その多くは福建省東山から来ており、建築様式は銅山(注:「東山」の古称)地区の特徴を残しています。日本統治時代に建て直されているため、窓の設計は欧州式の上げ下げ窓が取り入れられており、正面の柱・梁と壁面の施工は伝統的な大工と材料を用いているほか、澎湖地方の貝殻砕屑物施工法も使用して模造石柱および壁面の材料としています。現在、国の第三級遺跡に指定されています。
祭事日:旧暦10月10日
【見学時間の目安】1時間