七美郷は澎湖諸島の最南端であり、清代初期には「南嶼」や「南大嶼」の名前で呼ばれていました。しかし一般には澎湖諸島以南の離島の中で面積が最も大きいと認識されていたため、清代末期、中華民国建国当初には再び「大嶼」と呼ばれるようになっていました。日本統治時代には「大嶼」は「望安庄」が管轄する「社」でした。1944年8月に「望安庄」から分庄されて「大嶼庄」となりました。1945年12月11日に「大嶼郷」になり、その後1949年に「七美人貞烈」(倭寇から逃れて移送を守るために自害した7名の女性の物語)の事績に感銘を受けた当時の劉燕夫第4代澎湖県知事がその事績を後世に残そうと地元の名士を集めて地名の変更を討議し、台湾省に名称変更の許可を求めた結果、「七美郷」に変更されて今に至ります。現在郷内には東湖、西湖、中和、平和、海豊および南港の6村が設置されています。
七美嶼は東経119度40分、北緯23度16分、馬公から約29海里(36キロメートル)、東の台南からは約48海里、その南の高雄からは約58海里の距離にあります。島の面積は約6.99平方キロメートル、周囲の長さは14.40キロメートルであり、切断されたメサ型の島で、面積は澎湖諸島の中で5番目に大きな島です。