順承門
清朝光緒12年(1886年),閩浙総督の楊昌濬と台湾巡撫の劉銘伝は澎湖の地形を調査した後、防衛のため媽宮城壁の造営を決定しました。澎湖総兵の呉宏洛が工事現場監督となり、翌年の12月に工事を着工。1年10カ月を経た光緒15年(1889年)10月に完成しました。これは清朝が台湾で行った最後の城壁工事であり、これによって澎湖の軍事、経済、行政が一体化されることになりました。
媽宮古城の規模は周囲約2.1kmで、牆垛(城壁上部の突起部分)は570個,壁面連結部分の突起の高さは約6m、基礎部分は約11.6mで、厚さ約8mとなっています。媽宮古城には6つの城門がありました。東門:朝陽門、小西門:順承門、南門:即敘門、北門:拱晨門、小南門:迎薰門で、西門には楼閣はありませんでした。
順承門とは小西門のこと。通常の城壁は、偵察や弓矢を放つための四角い穴がありますが、順承門は澎湖の火成岩で壁を築いており、咾咕石で突起部分を作り、上下のつなぎ目は赤レンガで装飾し、一部はカキの貝殻粉をまぶして保護しています。媽宮城遺跡で今でも残っているのは順承門で、西側の城門と城壁の一部のみです。順承門は媽宮古城遺跡の中で唯一保存されている門楼建築です。
順承門は右側から二階に登ることができ、四面とも扉から参観が許されています。遥か遠くに澎湖の海を見渡すことができ、絶景です。順承門も二級古跡ですので、参観に当たっては、やはり最低限の注意を払ったほうがいいでしょう。