瓦硐村は清代には「瓦硐港社」と呼ばれ、日本統治時代にそれぞれ「瓦硐郷(社)」および「瓦硐」と呼ばれるようになり、主権回復後に「瓦硐村」と呼ばれるようになりました。
先人が明代末期、清代初期に官職に就き始め、数十隻の大型帆船による広東、福建と通商があり、当時はすべてが官吏か富豪でした。その住居の屋根には弧型の瑠璃瓦がふかれ、この種の瑠璃瓦は閩南語で「瓦硐」と発音することから名づけられました。
村内では牛、牛車および伝統的な珊瑚石造りの住宅を見ることができ、瓦硐村の重要な歴史資源になっています。
張百万は澎湖白沙郷の商人であり、その富を築く過程には大いに民間の伝説的特色を備えています。子孫の一人が武装蜂起による軍功によって1724年(雍正2年)に雍正帝から下賜がありました。下賜された金の小箱は白沙郷村の張家旧宅に現存し、澎湖の世間においては現在に至るまでまれに見る恩賜の扁額です。
家主の張氏の親子3代はともに清の皇帝から「懐遠将軍」に封じられ、今なおたくさんの貴重な文物が残されており、澎湖でまれに見る歴史的邸宅です。
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