集落はその多くが吉貝南部にあり、港のある南から北、東、西の3方向に向かって発展し、主に観音寺から武聖殿を経て旧埠頭地区にかけての一帯に分布しています。吉貝村は武聖殿を境に東側集落と西側集落に分かれています。東側は「陳」姓および「謝」姓が多く、西側は「荘」姓が多くなっています。明代の1652年(永暦7年)に建立された武聖殿は吉貝の住民の信仰の中心であり、東廟とも呼ばれています。また、観音寺は創建が清代の1827年(道光7年)であり、西廟とも呼ばれています。そのほかにも福徳廟、大将爺(一般的には「大衆爺」という)廟、そして数宇の有応公廟があります。
吉貝の建築資材は地元のものを多く使用しているため、切りそろえた珊瑚石、玄武岩およびその石板、モルタルなどを広く利用しています。また、美しく装飾された建物、扉の色絵など、全体として歴史の趣が感じられます。集落建築の異なる時空と歴史を融合させて積み重ねられた光景は建物の窓の構造でさえも変化に富み、創意が備わっています。
集落の裏手には菜宅(注:澎湖の強い風から農作物を守るために設けた防風壁)があり、明け方であろうと夕方であろうと、農家が丹精を込めて石壁下の野菜の世話をしています。吉貝では海上アクティビティだけでなく、昼間に集落を散策して感銘を受けることもできます。
【見学時間の目安】2時間