施公祠は「施将軍廟碑」の記載内容から施琅が台湾を平定して靖海候に封じられた後に建立された生祠であることが明らかになっています。清代の道光年間に海壇で殉職した将兵が合祀されたため、名称を「将軍廟」から「施公祠」に改めました。
馬公市中央里中央街にあり、清代の1684年(康熙23年)に建立され、もとは「施将軍廟」と呼ばれていました。この廟の主祭神である施琅神像は施琅将軍が水軍提督の任で清朝に対して功を立てたことを記念して造立されたものです。また、1843年(道光23年)には「施公祠」に改名されました。その後現在に至るまで300年余りの歴史を持ち、澎湖県の第三級古跡に指定されています。
施琅将軍は生前無数の偉大な功績を残して清朝に対して功を立てたことでその才能を買われたため、清朝はこの地に廟を建立して感謝の念を示しました。
施公祠の建築様式は街路に面した細長い合院様式であり、建築構造は耐力壁と木造切妻造りの組み合わせ構造です。入口を除いて隙間なく4面すべてが閉ざされているのが特徴であり、外庭も大きくありません。
施公祠外側の右前方に井戸があります。もとは「媽宮大井」と呼ばれていましたが、施琅が神に祈りをささげると泉が湧き出たという伝説から「施将軍井」や「施井」とも呼ばれています。また、水量が豊富で多くの兵士の喉を潤すことができたことから、さらに「師泉井」や「万軍井」という呼び方もされています。この井戸は文化資産法に基づいて県の史跡に指定されています。
【見学時間の目安】0.5時間